交差する帝国、交錯する表象
─フランス領インドシナにおける日仏越の文化交流と言説闘争─
仏印ことフランス領インドシナは、20世紀前半、日仏両帝国が、交差し時に協調しつつも、文化的・政治的な主導権を巡り熾烈な競合と工作を繰り広げた場であった。フランスは「文明化の使命」を掲げて教育・芸術・出版を通じた支配を強化し、日本も1940年の進駐後は「大東亜共栄圏」やアジア主義を標榜して日本の「文化交流」を積極的に宣伝した。しかしベトナム社会は決して受動的ではなく、特に知識人たちは多様な表現を通じて、支配の論理を批判的かつ巧みに組み替える言説闘争を展開した。
こうした複雑な状況の理解を前提とした上で、本シンポジウムは、学問・美術・小説・ジャーナリズムといった分野に注目し、仏印という「交差点」がいかにして帝国の競合と現地の主体的実践の場となったのか、検証することを目指す。特に本シンポジウムで明らかにしたいのは、こうした文化闘争に従事した日仏の人々が、本国では広義の傍流にあった可能性である。例えば仏印には、当時の日本にあって例外的に多くの女性が宣伝や業務のために派遣された。そのような日仏から派遣された人々を、例えばベトナムの主流の知識人たちはどのように眺め、書き記したのか。
そこで本シンポジウムは以下のような構成で行う。最初の趣旨説明と発表者紹介(橋本)の後、インドシナをめぐる日仏の共犯と競合をめぐる見取り図と問題点についての指摘(藤原)を共有する。次に日本側の文化人と研究者による広義のプロパガンダ(橋本)と、漆芸という接触域での仏越日の美術家たちの実際の交錯の諸相(二村)を確認し、最後にこれらの宣伝と交錯に対して、ベトナム側からの接触の記録を発掘するとともに、巧みな言説戦略(田中)を論じる予定である。
このような複数の言語と分野にまたがる研究は、およそ単独の専門家のみでなし得ることではない。しかし、こうした現象はフランスやインドシナという固有の地域研究にとどまらず、帝国主義やポストコロニアリズム全般にかかわる重要な考究すべき課題であろう。本シンポジウムでは、関連する地域や事例との比較などを積極的に参考にして、より総合的な分析と検証を目指し、今日にも通じる言説闘争としての文化交流に光を当てたいと考えている。